私の施術に対する考えを述べる前に、そもそも人間とはなんぞや?
ということを考えなければなりません。
人間とは、私の考える限りでは、「意図を持った媒介」と考えます。
先ず、何故「意思」ではなく、「意図」という言葉を使ったのかを簡単に説明したいと思います。
私がよく「思考の源はどこにあるのか?」と考えます。恐らく多くの方は即答で【脳】だと答えると思います。ですが、あくまで私の考えでは脳は処理装置に過ぎない。と考えます。※重要ではないという意味ではありません。
ここで、面白い話を2つほど紹介させていただきます。
1つ目は、臨死体験の話です。
ある方が臨死体験をした際に、完全に脳波が消えていたそうです。脳が全く活動していない状態にもかかわらず、生還したその方は、臨死体験特有の素晴らしい風景や存在に触れた。と鮮明に語ったとの話があります。
一般論で言うと、臨死体験で見る志向の体験的なものは脳が作り出した幻想だと反論されますが、脳が活動していないのにどうやって幻想を作り出せるのでしょう?
2つ目は、運動にまつわる話です。
ある実験で、両手にボールを持って、ボールを被験者の意思で自由に握りしめる時の脳の活動を測定する。という実験があったそうです。測定結果は驚くもので、被験者が「握りしめる!」と意思をする6秒前から脳の運動を司る部位が活動を開始していたそうです。
つまり、私達が考え、行動に移す6秒前から脳は私達の行動を知っている。ということになります。
これらのことから、脳は源ではなく、処理をしているだけでは?と考えております。
私達は、思考しているのではなく、なんらかの存在の意図に従っているのでは?と考え、意思ではなく意図という言葉を選びました。
人間は常に何かの間にいます。人間は何らかに影響を受けますし、同時に与えます。 大いなる意図の媒介となり、フィードバックとフィードフォワードを繰り返すことで周囲に影響をもたらす。これが人間の役目ではないかと考えております。
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