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般若心経の起源

般若心経 日本人なら恐らく人生で一度は聞いたことがあるであろう超メジャーなお経。 様々な解説がされており、 有り難いお経だ。 と言う人もいれば、 これは呪いの呪文だ。 と言う人もいて何がなんだか正直分からない。 ここで般若心経を取り上げたのは、般若心経を解説しよう。という意図ではなく、私自身の般若心経に対する心境の変化があったので独り言を述べたい。と言うものだ。 先ず、私の般若心経に対するスタンスは 以前→否定派 現在→肯定派 以前、何故否定派だったかの理由から述べる。 まだ初々しい20代前半だった頃に、ある先生からあるモノを学んでいた。 その先生が般若心経の解説をしてくれて、般若心経は最後のマントラの部分が如何に大事かを説いてるものだ! と仰っていた。 そのマントラの部分は、漢字表記で発音してしまうと人間の軸をブラしてしまう。 とのことでサンスクリット語の音で読みなさい。と言われた記憶がある。 それから人に嫌がらせをする時は、漢音のマントラの部分をメールで送って声に出させて読ませていた。というなんともしょうもないイタズラをしていた。 人は悪いイメージは直ぐに定着してしまうので、いつの間にか般若心経に対する悪いイメージしか持たなくなっていた。 そして月日は流れ、縁あってチベットで密教の修業をして来たというお坊さんと知り合い、そして何故か気に入っていただいた。 そのお坊さん曰く、 般若心経はレムリアの時代からあったものだ! と、ビックリ仰天おったまげーーーーー!! としか言いようがない事を言い出したので、まんまと興味付させられた。 なんでも、レムリア時代から玄奘の一族が守ってきたもので、その一族の末裔がかの有名な玄奘三蔵法師(らしい)。 般若心経は人間が創ったものではなく、高次元的な存在が創った。 そして、それを何らかの形でお釈迦さんが知り、その教えを元に悟りを開いた。 なので仏教があっての般若心経では無く、般若心経あっての仏教。とのこと(らしい)。 また、漢音マントラの事を尋ねてみると、 翻訳の漢音より、サンスクリット語の方が威力は高いだろう、、、 しかし、般若心経は最後の部分だけがマントラなのではなく、全てがマントラだ。 これを聴いて 最後の方だけを唱えても、そりゃ全体のバランスが崩れるだけだなと、私は妙に納得してしまった。 ただ、これだけで感化されたのではタダの流されやすい奴になってしまう。 考え方が変わった根本は 幼い頃の記憶だった。 私の母親が毎日欠かさず般若心経をあげていた。 そして、ある奇跡が起こった、 この奇跡はここでは控えるが 本当に奇跡が起こった。 お坊さんと話すまで その事を完全に忘れていた、、、 それを思い出した事で 般若心経は有難やぁ。 と肯定派になった。 小学生の読書感想文の様な文書だが たまにはいいよね!



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